フヂハラジロー 弓道のおやつ

高知で弓を引いています。

良い天気です。

 今日は良い天気です。図書館に外出し本を9冊借りてきました。先月は20冊読破し,もはや自分はどこに向かっているのかわかりません。が,やりたいこと,やりたくないことがだんだんと見えてくるようになりました。この記事は,とりあえず自分の人生を再構築するうえで,やはり自分が変わらなければならないなと考えたことをつづります。

 

 自分の人生をマネジメントもしくはコンサルタントする。僕がつかんだ一つの指針となるものは,「感情を排しどこまでも合理的になる」ということです。一見冷たい人間になれと聴こえそうな表現ですが,その通りだと思います。僕の場合は,僕自身の問題,僕を取り巻く問題が,僕のストレッサーになっており,そのストレッサーが原因で心身に不調をきたしています。

 

 多くの方がそうだと思いますが,いわゆる普通の人間が何か壁にぶち当たると,ストレスを感じます。その壁が強大で困難なものであれば,そのストレスに押しつぶされることもあります。僕の場合は,豆腐のように崩れやすいメンタルであるがゆえに,少しのストレスで調子を崩してしまします。

 

 メンタルというのは,いつ調子が悪いかということに気が付くかというと,それは思考が感情に支配されたときだと考えます。少なくとも僕はそれにあてはまると思います。そしてメンタルは基本的に鍛えることはできません。鉄は熱きうちに打てという言葉もありますが,メンタルを鍛えることができるのは,10代や20代の青少年期に限れらるのではと僕は考えています。

 

 30代になってメンタルを鍛えようとすると,逆に不調をきたします。僕の場合そうです。甘えと言われそうですが,無理です。おそらく座禅を組んでも滝に打たれても火の上を歩いても,本質は変わらないと思います。

 

 では,どうすればよいのか。僕が入院期間中に穿り出した答えの一つが,徹底的なロジック型の思考です。今,僕が抱える問題の一つ一つに対し,何が事実(ファクト)で何が論理(ロジック)なのかを,きちんと考えることです。

 

 僕は,ふりかかってくる問題に対して,感情で対処する傾向があります。気持ちが入るんですね。頑張るとか,うれしい,悲しい,辛い。だからやるんだ!みたいな。そうではなく,辛いとか悲しいとかの感情が襲ってきたときは,その苦しみに対し,徹底的な合理性で対抗する。それが,これから生きていくうえでの問題に対する対処法だと思います。

 

 メンタルが鍛えられないなら,知識と経験というオプションパーツで,攻撃力と防御力を上げるしか,今のところ方法がないのだと考えています。また,いくら感情を排したところで,人間の考えることですから,絶対になんらかの心理的なふるまいが現れるはずです。僕は,徹底的な合理性を持った人間になる自信はありません。

 

 しかし,一時の感情に振り回されないようにすることはできると考えています。それは,発生した問題に対して,いかにロジックで対処するか。わきあがる感情に対して,丁寧に答えを結びあわせていく。しばらくはこの方法で自分の行いを点検してみたいと思います。

 

 今回は,ちょっと哲学的なお話でした。合理化がすべて正しいというわけではありませんが,今の僕の状態であれば,もう少し合理的に生きていいんじゃないかな,と。そう思った次第でございます。