フヂハラジロー 弓道のおやつ

高知で弓を引いています。

読書をするということ(メモ)

 今回は,山奥の海の見える場所でパソコンをカタカタ打ち込んでおります。こんな山奥でも4Gが入るから,高知ってすばらしいと思います。さて,お題は読書。僕の場合30歳を過ぎてから急に読書に熱が入るようになりました。これまで,ほとんど本を読まず新聞も読まず,かと言ってインターネットに没頭していたかというとそうでもない。友達付き合いが多かったかというとそうでもなく,一体今まで何してきたんだいうような人生ですが,なぜか最近になって読書をします。

 

 それだけではなく,新聞も毎日一通り目を通すようになりました。今の自分は活字による情報のインプットが,20代のころに比べて格段に多くなりました。振り返ると,10代のころは,受験勉強と弓道,20代前半のころは弓道とボランティアに多くの時間を割いていました。20代後半は,仕事と家庭に多くの時間を割き,自分の生き方とか考え方について全く無頓着で生きてきました。あと,人生の70パーセントくらいは寝てます。僕の場合。

 

 特段,危機意識を持ったわけではなく,そのまま生きていけば特に支障はなく淡々と生きていけばよかったのですが,30歳を境に漠然とした行き辛さに気が付いてしまったのです。それまでは,僕自身の才能と努力で問題を解決してきたつもりでしたが,そうはいかなくなってきた。

 

 家族は大切だし妻も愛している,仕事も好きだしそれなりのポジションを確保している。弓道も人に自慢できるだけの実績があったはず。客観的に見れば順風満帆な人生だと思うのですが,その恵まれた環境に気が付かない自分がいるわけです。思考さえ停止してしまえば,何も恐れるものはないはずだったのですが,そうはいかない現実があります。

 

 僕の場合は,問題があったときは,まず「人」に頼ります。これは大きな効果があります。僕は人を頼ることが多いので,友人・同僚・後輩・先輩を大切にしなければならないと考えています。特にメンタルの部分で大きなダメージを受けたときは,僕専門のセラピストに頼ります。いわゆる心療内科精神科医にあたる人です。これからの時代は,おそらく変化に大きく,速度の速い時間軸の中で過ごすことになるので,人間一人の能力では,よほど超人的な能力を持っていなければ,生きづらい世の中になってきます。そのため,自分自身のセラピストを持つということは非常に大きなアドバンテージになると僕は考えています。

 

 さて,読書の話でしたね。「人」にはそれぞれ考え方や生き方に違いがあります。自分と馬があう人ばかりで人間関係を構築できれば良いでしょうが,勤め人だとそうはいきません。また,反対意見の話を聞いて,総合的に判断することも必要なことです。しかし,あまり自分の意見を持たないでおくと,人間関係の溝にはまり,長期間苦しむことになります。

 

 そこで,おススメなのが「読書」です。読書の大きな特徴は「自分の好きな人」の本を選ぶことができることです。学校の課題図書とかは別でしょうけど,自分の嫌いな人の意見は聞かなくても誰も怒りません。読書は,「自分の生き方」をディレクションしてくれる最高のツールだと僕は考えます。

 

 また,読書の良いところは,有名人や知識人と直接対話しているような錯覚を持つことができることです。普段会いたいけど会えないような人に,書店や図書館に行けば会うことができる。本を発明した人は本当にすごいなと思います。本であれば,故人や歴史上の人にも会うことができます。

 

 また,本として出版されるものには,「論理」がしっかりしたものが多数あります。前回のブログで述べたように,感情に人生が振り回されそうになったとき,読書はその助けとなります。自分のか弱いメンタルを補強し整えてくれる効果があります。

 

 つらつらと,読書の良さを述べましたが,次の更新では「読書のための本」をいくつか紹介して,読書の楽しさに触れてもらいたいと思います。でも,今日の夕方は弓を引くな。もしかしたら,弓の話になるかもしれません。というか,このブログのメインコンテンツは弓道」でしたね!

 

 それではまた次回!!