フヂログ

高知で弓を引いています。

弓道練習日誌 その1

 1か月以上ぶりの練習。1本目は思いのほか鋭い矢が離たれ,的の10時方向を射抜いた。何も考えず,ただ弓を引いただけの結果だった。普段の練習のときに意識する部分は捨て去り,久しぶりの練習なんだからと気負わず引いた。

 

 最初から飛ばしても疲れるだけなので,今日は余力を残して20本で練習を切り上げた。明日は四万十市に行く用事もある。身体が疲れるわけにはいかない。なにせ1か月以上引いていない。弓の強さがどれくらい自分にふりかかるか少し怖かった。

 

 本数を重ねるたびに,やはり的中は落ちてきた。普段練習するときに意識する部分を否が応でも意識してしまう。それは,身体に感じる疲労をカバーするために,身体の一部分が反応してしまうからだ。矢数を重ねたときにいつも感じる壁。それは,自分自身が気が付いていない癖のことだ。

 

 練習後,僕の弓の師である先生から,一言いただいた。最初は良い。しかし,矢数を重ねると癖が出てくる。僕が感じたことと同意だった。何も考えずに引くことができたら一番良いと言っていた。

 

 しかし,逆に「何も考えない」ということは,非常に難しいことでもあるとも言っていた。何も考えずに良い射ができるのは,少年までであるとのことだった。確かに,大人になったらいろいろ考えてしまう。経験や知識を持つと,それが邪魔をすることがある。

 

 大人になって弓を引くためには,やはり考えないことには始まらないようだ。あーでもこーでもないと,自分の癖を追及し克服する作業は,一生かかっても答えが出ないかもしれない。けれど,僕はこれが弓を引く人にとっての最高の「飽きない遊び」だと思っている。

 

 僕が練習で追究し理解したいことは,自分自身の癖だ。無くて七癖。僕はそれ以上の癖があると思う。次のステップに上がるためにはそれが必要だ。

 

 帰り際,先生からもう一言あった。来年の正月に百射会をするとのこと。お酒でも飲みながらゆるくやろうという。ほろ酔いで弓を引くと,あんまり考えて引かないので,思いのほか良い射がでるのだそう。なるほど,酔えば少年にもどれるのかもしれない。