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フヂハラジロー 弓道のおやつ

高知で弓を引いています。

書斎は車の中

 今日の高知市は雨です。こんな日曜日,過ごす方法はなんでも良いのですが,これと言って何をする気も起こらず,ぼんやりと過ごしております。読書をする気も起こらなし,ブログを書く気も起こらない。弓も引く気も起こらない。ちょっと一人になりたいときは,僕は車でドライブします。自動車は僕にとって最小のエネルギーでどこか遠くへ連れて行ってくれて気分を変えてくれる最高のツールです。

 

 いろいろとブログネタがたまってはいるんですが,書き起こす気力もなく。雨音を聞きながら車の中で更新しています。今日はどうにも,何かの要請に対して対応するということが難しい日です。日曜日だからいいんですけれど。と,ブログにグチグチと書いてみたりします。

 

 人はずっと完璧でいることはできません。僕はすぐに逃げ出します。でも本当に逃げ出してしまうことは怖いので,一時退避という行動をよくとります。結局戻るのです。難しいのですが,自分の完璧さをカバーできない部分をほかの人に押し付けるのは良くないとも思っています。自分の責任をほかの人に押し付けるのはNGです。でも,一時退避している間,人を頼ることはOKだと思っています。

 

 一時退避は,僕にとって生きていくうえで欠かせないものになっています。退避できるということは,人生の本流から少し距離を置くというイメージです。言い換えると,僕には生きるべき本流というものがあるということです。それはありがたいことなのですが,その本流に飲み込まれて溺れそうになることがあるのです。

 

 溺れてしまうと,取り返しのつかないことになります。かと言って,本流から外れて支流に流されてしまったとき,その場所でうまく生きていく自信もない。そのため本流にしがみついてる感じがします。しかし,本流は僕にとって激流です。うまく息継ぎができないのです。

 

 そのようなときは,車で一人ドライブです。あてもなく(交通法規は順守してますよ)ふらふらと走らせ,コンビニかどこかの駐車場でブログを更新したり本を読んだりします。丘にあがって小休止。少し回復したら,また本流に飛び込んでいきます。

 

 人にはなかなか理解しがたい感情しがたいものだと思います。しかし,この生きづらさにロジックを当てはめると,以上のように述べたとおりです。なんだか愚痴っぽくなってしまいましたが,頭の中に言葉が浮かんだのでブログに書き留めておきます。

 

 明日は晴れるといいなあ~