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フヂハラジロー 弓道のおやつ

高知で弓を引いています。

消費する人

 道すがら,ふと歩きながら思い立ったので書き記します。

 

 多くの人にとって,「消費する」という行動は,日常生活に欠かすことのできない行動の一つです。食料品や衣類,住居費など,それらは日本で生活する上で必要なことです。僕たちは,僕たちの所有する資産と引き換えにそれらを手に入れることができます。

 

 「お金」は,僕たちが所有する資産の一つと言えると考えます。お金を使っていろいろなものを買い,消費していきます。そのお金を稼ぐために,僕たちは労働をしたり投資をしたりします。多くの人は労働により「お金」を獲得していると言ってよいでしょう。

 

 そして,多くの労働は「時間」を消費して「お金」を獲得しているといえます。一般的には一日8時間労働して,週5日働いて,毎月決まったお金を獲得しています。僕もそのうちの一人であり,一日に8時間以上の労働に時間を費やし,毎月決まった日にお金を獲得しています。雇われの身であれば,とても健康的で疑問が生じる隙はない労働環境であると言えます。

 

 しかし,僕には一つ疑問があります。人は誰しも有限な時間の中で生きています。その時間の中やりくりして,仕事をし家庭を築き,時には余暇を楽しみます。「時間」という「資産」を消費して,日常の生活をやりくりしていると言って差し支えないでしょう。

 

 時間=資産という表現に違和感がある人もいるかもしれませんが,時間はすべての人の平等に与えられた資産であると言えます。健康的に長生きできれば,その人の資産は大きなものになると僕は考えます。

 

 しかし,その時間の消費の仕方によって,その人へのリターンが大きく変化するものと僕は考えます。歴史上の人物でも短い生涯の間に大きな功績を残した人は多くいるはずです。翻って,自分にその時間の消費の仕方を反省してみると,いささか不都合な違和感を覚えます。

 

 それは,時間を消費し,お金を消費し,僕は結局何も生み出すことができていないということです。また,雇用者からすると僕は時間を消費させられ,お金と引き換えにしていると言えます。そしてその稼いだお金を消費して生活をするという繰り返しです。そこに,生産性という三文字が当てはまるのかどうか疑問が残るのです。

 

 確かに,子どもにも恵まれ,今は2人の男の子を育てています。それは、間違いなく生産性の高い事業であると言い切れます。育児は時間的にも投資的にも,そして情緒面や精神面においても,自分に返ってくるリターンは「人を育てる」という行為の右に出るものはないと思います。

 

 しかし,正直に述べると,以前ほど育児に燃えることができていないのが最近の現状です。長期的に見れば,子育てに関して言えば,やればやるほど,家庭にとっても自分にとっても良い結果になることはわかっているのですが。

 

 おそらく,今僕は,育児に関しても時間を消費しているという認識が心の奥底にあるのだと思います。それは「やらなければいけない」という受動的な思いで育児に取り組んでいるからだと考えます。いわゆる中程度の鬱状態の人は子育てに対して負担を感じることが多いそうです。僕はそのような状況なんだと思います。

 

 以上のことから,類推すると,鬱の人は消費する人と言ってよいのではないかと思います。同時に消費される人でもあると言えるでしょう。このまま消費していけば,僕の持つ資産は目減りし不渡りを起こすか,最悪の場合,次の世代に残す資産もなくなる可能性があります。

 

 では,どうすればよいのか。僕が考えたことは,消費する人から「生産する人」に移行することです。生産するものは何でも良いと思います。僕の場合,例えば「弓を引く」という行動。これは,弓道を通して「何本引いたか」をいう実績を積み上げることもできるし,技や知識を探求することで,次の世代にそれを伝え残すことができます。このことは生産性が高いと言えます。

 

 他にも,下手ですが趣味で作詞・作曲をしたり,絵を描いたりすることもできます。写真を撮ることも好きです。また,こうしてブログ記事を生み出すことも生産性があると考えます。僕がブログを書く動機は,消費する人から生産する人へ移行したい願望の現れなのです。

 

 そのような意味で僕は,今「農業」に高い関心をもっています。幸いにも先祖代々の農地(資産ですね)があるので,僕の代になればそれを引き継ぎ維持していくことが大事だと考えています。生産する人に移行する素地はあると思っています。

 

 時間を消費してお金を消費する生活ではなく,時間を消費して,何かを生産して,最後にお金を消費する。これが理想なんだと僕は考えています。そのような整理の中,やはり最優先は子どもとかかわること。でも,それに押しつぶされないよう,あくまで前向きに。目測を誤らないように力を尽くすことにします。

 

 また,なんかへんてこな哲学っぽい随筆になってしまった。